2026年7月7日火曜日

友人


 本日は、長野から会社のOB会に出席するため上京してきた旧友と、東京駅近くで待ち合わせて約1時間半くらい昼食を共にした。彼とは7.8年ぶりの再会で色々と話も弾んだ。

付き合いは長く大学時代のバイト仲間で知り合った。私も4年間続けた新聞配達の仕事をやめて、生活費を稼ぐために始めたのがプールの監視員の仕事だった。

アルバイトの仲間はほとんどが小遣い銭稼ぎだったが、私だけは生活費のために、あまり稼げないが自炊して節約しながらこのアルバイトを続けていた。

その時に知り合ったのが本日の友人である。色んな場所で知り合う人は多いが、友人として長年にわたり親しくしている人物は限られているように思う。

2026年7月6日月曜日

平和


 ロシアとウクライナの戦争も収束は見えないが、米国・イスラエルとイランの戦争も停戦となっているが、平和への道筋や先行きは不透明である。寧ろ、関係はさらに複雑化することになるだろう。

大国の指導者には諸外国の常識が通用しないみたいである。いずれ彼らも死を迎える時が到来するのだが、果たして幸せな老後を過ごすことができるのだろうか。残念ながらそうは思えない。

政治を通して指導者は自己満足を追求するが、彼らが決して満足な最後を迎えるとは限らない。ノーベル平和賞を受賞するような大国の指導者が登場することが望まれる。平和ほど有難いことはない。


2026年7月3日金曜日

行き過ぎはいけない


 久しぶりに東京駅まで足を伸ばした。円安で外国人観光客の多さは日本全国で珍しくないが、右翼か知らないが、かつて新橋駅でよく見かけた音量を上げた街頭演説の声を耳にした。

民主主義国の日本は表現や報道の自由が保障されるため、時には行き過ぎた街頭演説が見られる。最近、誹謗中傷の街頭演説やSNSが兵庫県でも問題になった。やはり、行き過ぎは抑制しないとまずい。

トランプ政権下の米国では歴史ある既存のメディアが報道の自由を制限されているようである。中国もロシアも報道の自由は制限されているが、米国でも偏った政権寄りだと問題視される。

諸外国と比較すると、日本は報道の自由は比較的に保障されているように考える。憲法で表現の自由も報道の自由も保障されていない国が多いが、民主主義が実現することは極めて困難である。

2026年7月2日木曜日

PCは必需品?


 在宅勤務で長らく使っていたPCを返却した為、代わりのPCをどの機種にするか検討してきた。愈々新しく購入したPCを、ソフトウェアがインストールされ設定完了して、1週間後お店へ引き取りに行くことになっている。

PCが手元に無かったことは過去に一度もない為、書斎のデスクにPCが存在しない事態に遭遇して不便さを実感している。スマホを寧ろPCの代わりに普段使ってきたが、文章を書く時はスマホも使うがPCを多用してきた。

やはりPCは画面が大きいし、キーボードも使い易い。若い人はSNSを使うのが普通なので、スマホで難なく文章を書くが、我々シニアはじっくり構想を練りながら文章を書く時はPCに限る。

これまでのように、なるべく早く気軽にスマホとPCを交合に使う環境にしたい。会社で支給されたPCやスマホを当然のように使ってきたが、これからは全て自己責任で機器を管理することになる。



2026年7月1日水曜日

フリーとなって


 7月1日、今日から名刺のないフリーの生活がスタートした。大学を卒業後、社会人になって今日まで、名刺を所持しない経験はまったく無かった。

これから名刺を新たに作るか、作らないか今のところ考えていない。会社に所属する予定もないし、個人事務所を持つ考えも今のところない。

ただ一方的に名刺をいただくばかりで、相手に失礼とならないだろうか。しかし、自宅の住所や電話番号は個人情報なので容易に公開できない。

これからも引き続き公職も続くので、自分をどういう形で紹介するか慎重に考えたい。読者の方に何かいい考えがあれば伺いたい。

2026年6月30日火曜日

一夜明けて

 本日は我が夫婦の48回目の結婚記念日である。と言っても、我が家では特別に変わったこともなく、いつもの通り平々凡々と過ごしている。

私は朝から知人と逗子駅で待ち合わせて、散策コースを歩くことにした。当初の予定では山歩きだったが、台風のあとで土砂崩れを避けたのである。

9時に逗子駅をスタートして海岸線に向かい、逗子海岸をしばらく歩いてから、小高い道を登って途中の山道は滑り易いのでゆっくりと、動物園もあるという披露山公園へ。

披露山公園からの江ノ島、相模湾の海岸線は薄らと見えたが、残念ながら富士山は霞んで見えなかった。公園を通り抜けると広大な別荘地があり、立派な建物が並んでいたが、此処は日本の「ビバリーヒルズ」とも言われているらしい。

2026年6月29日月曜日

退任

 本日は退任の日。

朝から全社員向けにteamsで挨拶し、allで全社員向けに挨拶メールを送信した。

定時前に本社の全員から花束の贈呈を受けた。定時後、社長以下の経営幹部に送別会を催して頂いた。

お陰様で40年間を無事に勤め上げることができた。本当にハッピーだった。

幾多の経営危機に面したが、結果的にオーライだったということであろうか。