2022年10月7日金曜日

子宝

ある人が、かつては子宝と言って子どもは神様からの授かりものという感謝の念が存在したのに、近年はあまり感じられないと話していました。確かに極一部の事件に過ぎないのかもしれませんが、子どもに対する大人の振る舞いに時々疑問を感じることがあります。

子どもを子宝と考えれば惨い事件も起きないと考えますが、私たちの年齢になると事件の度に他人事とはいえ余りにも可哀想で悲しくなります。何故、虐待の事件が後を絶たないのか理解に苦しみますが、子どもの頃に親からの十分な愛情を授けることは人格形成上とても重要です。

かつては厳しい親から育った人も少なくありませんが、そこには子宝としての親の愛情が必ず存在するから親心が子供に伝わるのです。寧ろ子どもを放任して躾をしないと人格的に欠落することもあります。かつては周囲の人たちが他人の子どもまで躾をしていたから寧ろ良かったのだと思います。



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